2021年7月22日木曜日

SDGsとは正反対の施策

異業種から新たに介護職員として働き始める人に20万円を貸し出し、2年働けば返済不要と言う施策を始めたが、私は、そんな事をするよりも、今仕事をしている職員を大切にする方が100倍大切だ思う。

仕事が無いからお金を支給して介護業界に人を呼び込み、そのあと定着するかは事業者の責任。という愚かな発想では、一時的に社会全体の雇用調整が出来ても、介護業界への人材定着には貢献しない。
なぜなら、介護業界は魅力を感じて定着できるような基本報酬体系ではないからだ。
SDGsを推進しておきながら、SDGsとは全く正反対の施策である。

介護処遇改善金というお茶を濁す様な制度をつくるのでは無く、
基本報酬を上乗せして将来的に安定した業界をアピールした方が離職を防ぐ効果としては高いのではないかと思う。

このところの介護保険の制度変更と、
この介護処遇改善金に関しては、
構造的には大手企業の発注主が下請け企業に対して、
品質についての要件を上げつつ、
品質維持のための人件費を下げずに、
値下げを要求するようなもので、
いわゆる「下請けいじめ」となんら変わらぬ構造だと感じている。
官製主導でこれを行っているからタチ
介護業界の一番の問題は、事業所も、そこで働く職員も、将来に対する不安が大きいからこの業界を離れていく現実だ。

SDGsを推進するなら、介護業界で働く人々が将来に不安を抱く事の無い様な制度設と基本報酬の提示すべきであろう。

2021年5月18日火曜日

リハビリ専門職すでに供給過多、でもこれは当然の現実

 平成31年の厚労省の資料にPT/OT職が既に需要よりも供給が上回っているという資料がある。
リハ職の需要推計

介護福祉士は足りないが、リハ職はこれから仕事にあぶれてしまう。

私自身も作業療法士(OT)でリハ職であるが、自分の子供たちにPT/OTを勧める事はしないだろう。

私が学生時代であれば、まだまだ重要が多く、まだ高給も望めたが、今は投資に対して多くのリターンは望めない割に合わない仕事である。3-4年の養成校に通い、長期間の実習を受け、国家試験に合格しなければ資格が無いので仕事にも就けない。


PT/OT団体は、これまで内向の専門性を高める事は熱心にやってきた、しかし、外向きに専門性と必要性を認知してもらう働きはあまりやってこなかった。かりにPR活動しても十分に伝わるほどでもなかった。

専門性が高くても知られていなければ普及しないのは当然で、人々の心に引っ掛けるためのフックを磨く事の大切さに、大きな価値観を見いだせなかった結果だろう。

これは昔からある問題で、私がOTとしてキャリアをスタートした頃には、私はその事を危機感として既に感じていた。

そして、それを実体験として感じた出来事は、随分前の話だが、私が県のOT学術大会の実行委員長を拝命した時だった。

私は絶好の機会と思い、外向きに専門性と必要性を認知してもらる取り組みや講演を熱心にプランや、サービスを受ける側の視点でOTの必要性についての講演について進言した。しかし県内OT向けの学術大会で、専門性を高める事が趣旨なので、そんな必要はないと一蹴されてしまった。

私はそれまでの関りと、この体験から、この団体との価値観が違いすぎる事を理解し、自分のこれからの可能性と時間をいたずらに消費するなのなら、自分の住む地域が多く抱える問題解決にエネルギーを向けようと、この団体の活動から距離を置くようになった。

更に後日談で、OT学術大会の実行委員長就任の際の団体幹部の会合で、私が県外養成校出身で経験年数もまだ少なかった事もあり、「どこの誰だかわからない人物を学術大会の重要ポストに置く事は出来ない」と意見も出ていた事も聞かされ、悲しさすら感じたが、しかし、誰かが私を推薦してくれた事は確かなので、その想いには答えられるようにと拝命した役は全うしようと思っていた。

あれから、ずいぶん時間が経過したが、外から見ていてOT職能団体が外向けの認知活動に力を入れ、人々の生活に役立つ事を知ってもらう活動が広がっているかと言えば、残念ながらそうでもない。中にいる方々はそれでも、一生懸命にアピールしているのかもしれない。しかし、残念ながら伝わらなければ自己満足だけで意味が無い。

しかも、現在は更に状況は悪化し、OT職能団体へ所属する組織率は年々低下一途をたどっている。

そして、最も残念なのは、介護現場こそOTが活躍しなければいけないが、私の実体験では介護の現場や、大きなイベントで遭遇するのはOTよりもPTや多職種の方が多いという現実。まぁ、これは私の周りだけもしれないが・・・。

こんな事を踏まえて総括すると、厚労省が発表したこのPT/OT供給過多の情報は、当然と言えば当然の結果で、甘んじて受け入れなけばいけない当然の現実である。

2021年4月12日月曜日

科学的介護「LIFE」の危険な香り。

 自立支援介護について改めて考えてみる。

今回の介護保険の改定では自立支援とICFが大きなテーマであったように思えるが、ICFに関しても自立支援に関しても、介護保険保険費用増大の歯止めが主目的になっている気がする。

自立支援を行った結果、介護保険サービス利用者が元気になり、介護保険の利用が減少した結果、介護保険費用の増大が減少するという考え方では無い様に感じる。

ICFに関しては「活動」と「社会参加」を明確に分けて考えている点からしても、あくまでメインは医師を頂点とする医学還元モデルをベースで生活を考え、ICFの前モデルであるICIDH-10の障害モデルでの物の考え方から脱却出来ていないうように見える。

特にその傾向を強く感じるのが、科学的介護を推進しようとするデーターベース「LIFE」である。

科学的データーベースで収集されるLIFEのデータ項目やカテゴライズに関しては、取り組み自体は良いが、その運用やシステムに関しては、収集されるデータの内容を鑑みると、還元モデル的な傾向がより強く、恣意的で限定的なデーター収集に偏ってしまわないか心配である。

LIFEの集めようとしてるデータの項目を見ると、「生活の中に医療や障害が存在する」視点には感じられない、むしろ「医療や障害の先に生活が存在する」そんなモデルに見えてならない。

そんなLIFEからの介護現場へのサービスにや計画に対してのフィードバックは、これまでのLIFEのエビデンスが乏しい中で、私は危険な臭いすら感じる。

そしてそれを強引に介護報酬へ組み込み、これに従わなければ報酬UPは望めないという、これは、まるで「介護ファシズム思想」ではないか・・・。

LIFEのようなデータを収集して科学的根拠を導き出し、それが有効かつ生活に根差し、国民の利益につながるものであればとてもよい取り組みだと思うが、国や権力が恣意的にカテゴライズしたデータで、介護が必要な人の生活をコントロールする道具に使用するならば、恐ろしさを感じる。

私の不勉強でそう思えるななら良いが、LIFEに対してもっと関心と監視の目を持った方が良いのではないだろうか?

2021年4月8日木曜日

人の「痛み」や「苦しみ」を踏みにじる厚労省老人保健課官僚の行動=「特権意識」×「腐敗」

先日、緊急事態宣言が介助された直後深夜まで厚労省老人保健課職員が宴会を行ったという記事が出たが、今度はその宴会の参加者の中にコロナ感染者が出たと発表がされた。

この方々は、介護保険の「ルール」や「報酬」を決める立場にいる方々ではないだろうか?

3月下旬と言えば、この方々が新たに作ったルールにより介護現場は大混乱し、事業者も利用者も右往左往している最中である。そんな時に、この方々は平然と銀座で宴会を開き、コロナ感染リスクを高める行為を実践している。

まさに「特権意識」と「腐敗」のそのものである。

コロナ禍で介護に携わる人の不安や苦しみなど蚊帳の外のこの行為、なるほど、今回の介護保険の改定を鑑みるに、こんな方々が「血の通った」介護保険のルールなど作れるはずがない。

2021年3月30日火曜日

コロナのどさくさの陰で、介護現場をコロナからの救済どころか、窮地に追い込む国の通知。

4月からの介護保険の改正についての変更書類を4月1日までに提出しろと通達を出しておきながら、10日もしないうちに180度解釈が異なる通知コロコロと出されては、現場は大混乱です。

国が後出しじゃんけんで、後から高すぎるハードルの解釈通知を次々に発令し、介護事業所の仕事に対する意欲を削げば、介護事業所の不正の増加し、ブラック化に益々拍車がかかるでしょう。

コロナで疲弊し、国からのサポートも薄い中、国の都合でこれ以上介護の現場をかき回さないです。

2021年3月23日火曜日

ひとり相撲の結果、だれからも相手にされなくなった。

昨年11月にUPした記事の「訪問看護ステーションからのリハビリ職訪問」に関して、リハ職の職能団体が色々と政治的な働きを行ったようだが、国会で一言、二言、取り上げられただけで、残念ながら成果があった様に思えない。

4月からは特に要支援認定の方々には、時間的な制限が加わることになり、事業者としても事業継続が難しくなるような、利用者と事業者の双方にとって良くない改正がスタートする。

私なりに一言で表現するとに「やりすぎた結末」たと言うべきではないだろうか?訪問看護ステーションからの訪問リハビリサービスの制限は、事業者が、派手にやりすぎた結果の制限強化という印象が強い。

当グループの訪問看護ステーションでも、介護保険スタートする前から、リハ職を配置し利用者のリハビリに努めてきたが、当グループは開設以来看護が主体で在宅看護を事業の中心に据えており、現在もリハビリ専門職よりも看護師の職員数が圧倒的に多い。

しかし、介護保険がスタートし、PT、OTなどのリハ職が手軽に開業できる手法として訪問看護ステーション開業のハウツー本などを出版するPT,OTなどが現れ、安定した収入が望める事業として、フランチャイズが参入し、市場を一気に拡大させてしまった。

私はこうした流れには、当初から否定的でPT、OTが訪問看護ステーションの開業本を出版したり、開業セミナーを開催すれば、それをよく思わない業界の人々を刺激する事につながり、自分で自分の首を絞めるだけだと危惧さえしていた。

それでも、これまでも何度か、訪問看護ステーションからの訪問リハビリに関しては、制限がかけられる事もあったが、医療制度の変改に伴い発生したリハビリ難民の問題もあり、制限が緩和されたりしながら、これまでなんとか続いてきた。

しかし、元々は看護が主体であったのに、いつの間にやら、看護師よりもPT・OTの方が数多く在籍する訪問看護ステーションが増え、しかもリハ職の質の低下についても新聞が報じる様になり、訪問看護という名称であるにも関わらず、実態は看護サービスよりもリハサービス主となる現状に、従来と趣旨が異なるとついに国が「NO」を突き付けたのである。

歴史が古い訪問看護ステーションの中には、訪問看護の趣旨や経緯をしっかりと理解し、節度を保ちつつ、運営する事業所も少なくはなかった。こうした事業所では大きな方針転換を迫られることはないだろうが、ダメージも少なくない。

4月の改定を機に、訪問看護ステーション所属のPT,OTの中には職を失う、若しくは自己退職を迫られる人も今後増えてくるかもしれない。

しかし、私自身もOTだが、訪問看護のリハビリサービスの制限に関してはその経緯も見てきただけに弁解はできない。

私は、PT、OT自身が他人の褌で土俵に上がり、相手に敬意を払う事なく一人相撲をとった結果、観客の反発を買い興業の失敗を招き、自分で自分の首を絞めただけにしか見えない。

とても残念だ。

2021年3月22日月曜日

R3年の介護保険の改定で、自立支援を方便に弱者切り捨てが進まないかと危惧をする。

 令和3年4月に介護保険の改定がある。

私たちのデイサービスは、これまで「自立支援」をかかげてデイサービスを運営してき事もあり、「自立支援」をより明確に掲げて改定された今回の改定は多少の追い風となる。

しかし、改定の内容は私はほとんど評価していない、私には「自立支援」が本来持っている言葉の意味では無く、弱者を追いやる凶器にしか見えないからである。


特にデイサービスの入浴に関しての改定は、これから始まる「入浴サービス潰し」のプロローグにしか見えない。

今回、デイサービスの入浴サービスについては、2つに報酬体系が分けられた。

①これまでの入浴方法は50点(約500円)から40点(400円)へ減算。つまり同じやり方は評価しないとの事。

②あらたな入浴しようとして、「医師」等が利用者の自宅の浴室で入浴についての評価を行い、その評価に基づき自宅でも入浴できる方法を検討しつつ施設で自宅で入浴できる方法で入浴させれば、入浴サービスを50点(約500円)から55点(約550円)報酬を上げる。

とい2つであるが、2019年の東京都内の銭湯の入浴料は470円。

着替えから入浴介助、入浴中リスクも受け負った上でのこれまでの入浴方法だと400円。更に言えば、機械やリフトを使用した特殊な浴槽などを使用し、職員が2名以上で対応しても400円。人件費やリスクを負っても既に都内の銭湯の入浴料よりも2割近くも安い。

仮に550円頂いたとしても、書類や人件費、手間賃を考えると決して高いとは言えない。

介護現場で行われている入浴事情などを全く無視した価格設定である。これはいわゆる介護の人件費を無視した「官製ブラック価格」ではないだろうか?介護の仕事に対してのリスペクトは微塵も感じない。

多くの方が誤解されているのかもしれないが、介護職の賃金が上がらないのは、事業者が利益を職員に還元していないのではなく、こうした一般的な物価を無視した数多くの官製ブラック価格が元凶で人材難で給与を上げたくても上げられないのが真実である。

特に②に関しては、入浴の評価において「医師」等が浴室を評価するという文言が加わった、こんな事を書き加えれば、現場が混乱するだけである。

デイケアなら医師が施設に配置されているので、まだ「医師」等という言葉が入るのは理解できるとして、福祉の現場であるデイサービスで「医師」が入浴のADLや浴室の環境整備、介護方法について評価する意味が全く分からない。

「医師」等なので、別に医師でなくても良いのだが、なぜか「医師」という文言が入っている。医師が日頃の業務で、患者の自宅に赴き浴室をチェックし、入浴動作や手すりの位置などをチェックをしているだろうか?少なくとも、私はそんな医師に出会った事がない。

これを機に、「医療と介護の連携」の名のもとに階層性が強い「医療」の圧力を「介護」の現場にかけたいのか、それとも何かの別の思惑があるのか?

今回のデイサービスで入浴については、厚労省の委員会の議事録を読むと、初めは、しっかり個々の状況に応じて入浴サービス行っている事業者に対して評価して報酬を上げようという意図に見えたが、結果的に自立支援の皮をかぶった今後の弱者切り捨ての布石に代わってしまったように見えて残念である。


そもそも介護の現場での自立支援で「出来る事」には限界がある。

私自身も「出来る事」もしくは「出来そうな事」に対しては最善を尽くすが、「出来ない事」は、やはり「出来ない」。

「自立支援」で障害や病気、加齢の問題が全て解決し、健常者や健康な人と同じような生活できるわけではない。現代の医療で解決できない障害や後遺症の問題を介護の現場の「自立支援」が解決できるはずはないのである。

リハビリ専門職として多くの介護保険利用者と接してきたが、現在の医療では解決が難しい後遺症や障害、病気で身体の基本的な機能が低下している利用者様も多く、いくら自立支援の介護を行っても限界はあり「出来ないもの」は「出来ない」である。

そして、こうした方々が自宅で入浴できるような環境整備が出来る様な「支援」が充実しているかと言えば、答えは「NO」である。だからデイサービスで入浴しているのである。

こうした弱者的な立場の意見は黙殺し、「自立支援」という便利な方便を使い、自立支援が出来ないのなと報酬を減らして事業者へ圧力をかける。こんな事がこれからも続けば、自立支援の名のもとに弱者切り捨ては一層進む。

介護保険は、介護を「社会」で支えようという発想であったはず、それが「自立支援」を方便に、再び介護を「個人」や「家族」の問題にゆり戻そうとしている。

私は「自立支援」という事が国のコストダウンの方便にいいように利用されてしまっている事に、口惜しさと悲しみを感じる。

言葉の定義すらあいまいな「自立支援」が国の便利な方便にならない様に、そして将来の自身の介護サービスを守るためにも国民一人一人がもっとしっかり考える必要があるのかもしれない。

SDGsとは正反対の施策

異業種から新たに介護職員として働き始める人に20万円を貸し出し、2年働けば返済不要と言う施策を始めたが、私は、そんな事をするよりも、今仕事をしている職員を大切にする方が100倍大切だ思う。 仕事が無いからお金を支給して介護業界に人を呼び込み、そのあと定着するかは事業者の責任。とい...